2026/10/23 カテゴリ:藤井 太一
新モデルが生まれること。トイファクトリー旧本社の店舗兼住宅で生まれ育った私にとって、それは一つの恒例イベントに過ぎなかった。その車がどこから来て、その過程で誰がどんな形で関わっているのか、これまで思いを馳せる事はなかった。
しかし、今年の夏に過ごしたキャラバンサロン*での三日間は、そんな私の姿勢を大きく変えた。それがどれほど奇跡的で、大志に満ちた出来事だったか。この気づきに至るきっかけになった現地での体験をここで共有したい。
*ドイツ、デュッセルドルフで開かれる世界最大のキャンピングカー展示会

キャラバンサロンでは、藤井代表、通訳(というより交渉人)のエフィモブさん、デザイン外部顧問のフランクさん、開発部から日比さんと山口さんの五人と行動を共にした。

エフィモブさん
ルーマニア人の彼女は、社員を含めたトイファクトリーの関係者の中で最も古株の一人だ。彼女は藤井代表が欧州へ出張に行く度に通訳を務めるのはもちろん、欧州の取引先との交渉及び関係作りを一手に担ってきた。ここ25年以上にわたってだ。
今日トイファクトリーが日本総代理店を務める、飛ぶ鳥を落とす勢いのウォーターレストイレメーカー Clesana社。契約前、日本市場に全く関心のなかった同社に何度断られても電話でしぶとく商談を申し込んだのは彼女だった。

ドイツの展示会は日本のように全てのブースを誰もが見学できるわけではない。一見さんお断り、とテープが貼られている。そんな状況において、笑顔でハグを交わし、雑談を交えて一時間以上商談ができる関係性を築けたのは、彼女あってのことだった。
大事な商談を前に名刺を忘れてしまうようなドジっ気がありながらも、出るところは出る、肝の据わった魅力的な人だ。
フランクさん
毎年幕張メッセで開かれる日本最大のキャンピングカーショー、JCCS(ジャパンキャンピングカーショー)。その五倍以上の規模を誇るキャラバンサロンの会場を歩き回った三日間、フランクさんがずっと同行してくれた。
夕食も毎晩共にして、食後はライン川沿いの旧市街を歩いた。

このフランクさん、一体誰なのか。まず、ドイツは言わずと知れた世界のキャンピングカー文化の中心地だ。そのドイツで最大の市場シェアを誇るのが「Erwin Hymer 」グループ。そのグループで最もプレミアムな地位を占めるブランドが「HYMER」だ。そしてその「HYMER」でメインデザイナーを務めていたのが、他でもない、フランクさんなのだ。

「あのモデルの組み立てにかかる時間は、長くても四時間だ」
ある大型キャンピングカーを指差して彼がそう呟くと、開発の日比さんが目を丸くした。
トイファクトリーでの彼の役割は、新モデルのデザイン(Da Vinci Lusso 6.0が同社における彼の代表作だ)にとどまらず、HYMER社での経験を基にした組み立てや開発工程のアドバイスにまで及ぶ。組み立て工数はこの三日間で何度も議論を交わした大事なテーマだった。
壁と家具の隙間の機能性について。天井と家具をぴったり合わせる効果的な方法について。開発の二人の質問に丁寧に答えていた。
真面目な話が続いたかと思えば、あるイタリア系企業にドイツ系の開発担当者がいることがわかるやいなや「品質管理のため?」などととんでもない冗談を飛ばしたりした(フランクさんはドイツ人だ)。

フランクさんはどこへ行っても業界人から声をかけられた。これだけの権威を持っているにも関わらず、常にこちら側の意見に耳を傾け、尊重してくれる。かっこいい大人だな、と思った。
日比さんと山口さん
開発部からは日比さんと山口さんが参加した。日比さんは、その物腰の柔らかさからは想像もできないロックな半生を送ってきたようだ。山口さんは私と同い年の二十代半ばだが、私よりも人生の三歩先を生きている。

開発中の新モデルのために、二人は事前にリストアップした部品のサプライヤーをじっくりと回った。コンセントの差込口、窓枠、テーブルの脚、間接照明。当たり前だが、そのひとつひとつにメーカーがあった。二人はその全てを手に取って確かめ、動作を動画に収め、想像を膨らませていた。

色と形に情愛を向ける日比さんと、構造に飽くなき探究心を持つ山口さん。二人ともトイファクトリーで働くために遠方から家族と一緒に岐阜に移住してきたという。凄い。
帰りの飛行機を待つ時間、私のわがままに付き合ってもらった絵しりとりが楽しかった。

大志 ─ ずっと目指してきた場所
何度もしぶとく電話をかけ、その扉をこじ開け、四半世紀を超えて築いてきた関係性が今起きているすべての前提にあったことを、私は知らなかった。スイッチ一つに至るまで、カタログではなく、開発担当者のその手で選ばれていたことを、私は知らなかった。エフィモブさんがいること。フランクさんと出会えたこと。日比さんや山口さんが移住してきたこと。新モデルが展示会場に並ぶその裏で、奇跡のようなことが起きていたのだ。
その奇跡を起こす根源は何か。この三日間を経て、それは藤井代表がずっと抱いてきたであろう欧州に対する憧れであり、それを越えようとする大志にあると思うに至った。
トイファクトリーのキャンピングカーは、その名前にBADEN(ドイツの地名)やBrugge(ベルギーの都市)を冠しているように、欧州から深いインスピレーションを受けている。それは各モデルのデザインからも明らかだ。しかし、それが実際にどういうことなのか、現地であるメーカーのキャンピングカーを目にするまで、私は知らなかった。
私はあるメーカーのデザインと規模感に心から感動した。ため息が出るほど美しい色使い。組み立て手順やメンテナンス工程まで深く配慮された設計。そして細部にはその規格外の販売台数だからなし得る特注部品の数々。何度かそのブースに立ち寄ったが、もう一度見ておきたい、またあの空間にいたい、と思い、気づけば何度もそこにいた。

藤井代表はこの感覚を、初めて欧州を訪れた二十五年以上も前から抱いていたのだと思う。欧州への憧れと、それを越えようとする大志。それを抱いてこれまでずっと船を漕いできたのだろう。
国内の展示会に参加すると、私はいつもトップオブザワールドな気持ちでいた。藤井代表から聞く創業から今日までの困難に満ちたストーリーを擬似体験して、誇りを持って、「そしてここに辿り着いた」と。
しかし当の本人が目指してきた場所はきっと、遠く、遠く、はるか遠くにあるのだ。そして、そこから生まれる危機感と底なしの活力があるのだ。
期間中、藤井代表がフランクさんに「トイファクトリーの断熱は世界一だと自信を持っている」と伝えていた。あの言葉の陰にある、長い長い年月を想う。